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大阪高等裁判所 昭和27年(く)2号 決定

抗告人 請求人 薄雲房次郎

弁護人 岡林次郎

主文

原決定を取消す。

請求人に対し金四千円を補償する。

請求人その余の請求を棄却する。

理由

本件抗告の理由は、請求人は昭和二十六年六月二十日強盗予備現行犯人として逮捕せられ、引続き同月二十三日強盗予備の被疑者として勾留状の執行を受け洲本市警察署附属代用監獄に留置され、同年七月十二日銃砲刀剣類等所持取締令違反により公訴を提起され同時に勾留状の請求をされてその執行を受け、右公訴事実について審理中、同月二十八日更に別の銃砲刀剣類所持取締令違反事実について追起訴せられ、併合審理の結果同月三十一日神戸地方裁判所洲本支部において、前者の公訴事実は無罪、後者の追公訴事実につき有罪の判決を受け初めて釈放されたので、この間四十二日間の抑留又は拘禁による補償を請求したのである。ところが原決定は右事実関係を全部認めながら「本件は刑事補償法第三条第二号に当り、なお、たとい形式的には有罪となつた罪につき勾留状が発せられていなくとも強盗予備の勾留中にも、また無罪となつた罪の勾留中にも有罪となつた罪の取調べが行われているのであつて、補償の全部をしないのが相当であると認める」との理由の下に本請求を棄却しているが、右は憲法第四十条が何人も抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受ければ補償を求めることができるとして例外を規定していないことを看過し、刑事補償法第三条第二号の解釈を誤つているから原決定を取消し、本請求を認容する裁判を求めると云うのである。

よつて、案ずるに請求人が所論のように現行犯人として逮捕せられ引続き昭和二十六年六月二十三日強盗予備の被疑者として勾留状の執行を受け留置されていたことは明らかであるが、本件記録編綴の検察官の回答書(一二丁)によれば請求人は同年七月十二日釈放せられ、同日別の事件により起訴と同時に別の勾留状が発せられているのである。すなわち強盗予備被疑事件は検察官の不起訴処分により処理せられ、身柄も一応釈放されているのである。ところで刑事補償法によれば補償は無罪の裁判があつた場合に限つて認められるのが原則であつて、被疑事件による抑留又は拘禁もそれが後に刑事事件として起訴せられ、それが無罪の裁判を受けた場合でなければ補償の対象とならないのであるから、請求人に係る強盗予備被疑事件による逮捕、勾留は検察官の不起訴処分があつた場合に当り、現行の刑事補償法上その補償を認容するわけには行かないのである。

次に昭和二十六年七月十二日以降の起訴、勾留及び追起訴の関係並びに裁判の結果は所論の通りであるが、刑事補償法第三条は法の要求する補償の要件を充たす場合でも補償しないことができる特別な場合としてその第二号に「一個の裁判によつて併合罪の一部について無罪の裁判を受けても、他の部分について有罪の裁判を受けた場合」と規定している。ところで普通一般に最初の起訴事実によりすでに勾留されていれば、仮りに追起訴事実で勾留すべき場合でも、重ねて勾留することなく手続を進めるのが通常であるから、併合審理の結果起訴事実の方が無罪となつた場合にも、追起訴事実の方がそれだけで勾留の要件を充たしている場合には、本号の適用があるものと解する。それゆえに起訴事実が無罪になつたからといつて常に当然その全部を補償すべきではなく、併合罪を構成するそれぞれの罪と勾留との実際上の関連に留意し、有罪を言渡された追起訴事実の方だけで実質的に勾留の要件を備えていたかを検討した上補償の許否を決定しなければならないのである。ところで記録によると被告人は昭和二十六年六月十九日大阪府岸和田市下野町大阪ヨーギヨ株式会社至誠寮内私室押入内において刃渡十三糎七粍の匕首一本を隠匿していたと云う事実について同年七月十二日起訴せられ同時に逃亡のおそれあるとの理由により勾留状が発せられ、同月二十日公判開廷の上審理結審し、判決言渡期日を同月三十日と指定したのであるが、右公判において弁護人より匕首隠匿は銃砲刀剣類等所持取締令第十五条に云う匕首の携帯に当らぬから無罪であるとの意見の陳述があつたため、検察官は急遽同日勾留中の被告人を取り調べ、同月二十八日「被告人は昭和二十六年一月十三日津名郡由良町なる自宅から前記至誠寮まで右匕首一本を携帯したものである」と云う事実について追起訴し、同月三十日の公判期日に弁論再開、併合審理を求めているのである。それゆえに、有罪となつた追起訴事実については七月二十日以前においては勾留の理由も必要もないことは云うまでもないところであるが、七月二十日附の検察官に対する被告人の供述調書によれば被告人は追起訴事実を卒直に自白しているのであつて、右取り調べの経過と事案の軽重を考慮すれば、七月二十日以後においても、この事実について勾留の必要度が高かつたものとは認められたいのである。それゆえに七月十二日以降の未決勾留は当然補償すべきであつて、これを拒否した原決定は不当である。

よつて、刑事訴訟法第四二六条第二項により原決定を取り消し、更に裁判をなすべきところ、刑事補償法第四条第二項所定の諸般の事情を考慮して同条第一項により一日の補償金額は金二百円を相当と認め、昭和二十六年七月十二日以降同月三十一日までの勾留日数二十日に対し金四千円を補償し、その余の請求は理由がないから、これを棄却すべきものとし主文の通り決定する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)

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